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平成20年8月6日
職人技と芸術「一丸」 “出場”辞退の砲丸がアートに
(引用)
北京五輪が開幕する8日、競技用としての北京への“出場”を辞退した埼玉県富士見市の町工場「辻谷工業」の砲丸が島根県益田市で開かれる彫刻展でアートとして展示される。工場社長、辻谷政久さん(75)の砲丸は、アトランタからアテネまで3大会連続で五輪の表彰台を独占した「魔法の砲丸」として知られるが、北京への提供は拒否した。新たな命を得た自身の砲丸に、辻谷さんは「技術者と芸術家が見事に融合できた」と話している。
砲丸がアートして出品されるきっかとなった3月31日付の本紙「すごいぞ日本」の記事。
過去3大会で、メダル獲得者全員が辻谷さんの砲丸を使用していたが、北京では中国国民の反日感情やスポーツ観戦のマナーに疑問を持ち、「砲丸は私の分身です。とても中国には出せない」と、砲丸を送ることを拒んだ−と、辻谷さんを紹介した記事を読んだ東京造形大教授の三木俊治さん(62)が職人としてのプライドに感動。砲丸を1つ購入して自宅に飾った。
「このままでも十分作品だけど、もっと芸術として表現してみたい」
偶然自身の彫刻展初日も五輪の開会式と重なる。何かの縁と、思い切って辻谷さんに電話をかけた。「ぜひ砲丸を作品として使わせていただきたい」。見ず知らずの人物からの突然の申し出に、興味をそそられた辻谷さんも「では一度お会いしましょう」と快諾。意気投合したふたりの合作が6月に誕生した。
地球に見立てた砲丸の、赤道にあたるその円周には、ぐるりと人の行列が描かれている。「行列というのは、未来に向かって一人一人が形作る奇跡の形」と三木さん。五色作って並べると、五輪のマークがイメージできる。
「雑誌の表紙に紹介されたことはあるが、美術品として展示されるのは初めて。私の砲丸が、芸術という未知の世界にもとけこむことができ光栄だ」と辻谷さんはいう。
彫刻展「0∞0∞0∞」は24日まで「草花舎」で。問い合わせは0856・27・0592
(引用終了)
[2008年8月6日/izaβ版より]
私がおもうには・・・
辻谷氏のような職人としてのプライドを持った人が最近、少なくなっている。
自分の作ったものにこれだけのこだわりとプライドをもてるのはローテクだからである。金属の削った時の音と輝きそして削る時に伝わる感触だけで、重心が真ん中にきて、飛距離が1〜2メートル伸びる砲丸を作るのだから凄いの一言である。
今回の北京ゴリンは今までの大会に無かった民族紛争やマナー的な面等多くの事が問題となっている。
そんな北京五輪故に辻谷氏が砲丸を提供しないのは仕方のないことである。特に反日感情がはなはだしい中での提供はプライドが許さなかったに違いない。誰だって自分を非難、反感感情をもっているところにサービス、商品を提供したくないはず。
中国は今回の北京五輪を通して、自己中心的な行動、思想から脱却してもらいたい。そうしないと中国に対し非協力的な人達や国が今後、もっと増えていくことだろう。
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